屋部
や ぶ

ベッドタウンはフクギの森

名護市は人口6万人近い沖縄北部の中核都市ですが、市街を一歩外に出れば、いくつもののどかな伝統集落に出合います。屋部はそのひとつで、かつて地方豪農として栄えた久護(くご)家を中心に、濃密なフクギの森が広がっています。

【1】屋部集落の要、久護家住宅。植え込みの間から赤瓦の屋根がのぞきます。
【2】屋部では一戸あたりの敷地が広くとられているせいか、屋敷林のフクギが立派に育っています。
【3】ヒンプンは切石を3段重ねてしっくいでつなぎとめます。同様のヒンプンは沖縄の他地域ではほとんど見ませんでしたが、屋部では数軒で見かけました。

屋部は名護のベッドタウンであると同時に、旧家・久護家のある古集落でもあります。今回は同家を目当てに訪ねましたが、集落全体を覆いつくさんばかりのフクギの屋敷林に圧倒され、思わず滞在時間を長く取ってしまいました。帰宅後に調べてみれば、屋部集落にある各家の敷地は周辺よりも広いそうです。そのおかげで濃密な屋敷林が発達しているのかもしれませんね。


久護家の屋敷林。右側に古い石垣が見える

高い木は7、8メートルはありそうだ

これらの屋敷林は、台風や季節風などの強風から家を守るためのもの。沖縄島北部では、備瀬が「屋敷林の集落」として売り出し中です。備瀬に比べると、屋部は集落じたいの規模が小さいものの、フクギの密度は負けていないと感じました。

ところで肝心の久護家住宅は、現在もお住まいのようだったので外からフクギ越しに屋根の一部を眺めるにとどまりましたが、これまた帰宅後に調べると一般公開されている様子。主屋は雨端(あまはじ、雨除けの庇のこと)が深く、地方豪農の屋敷の典型的な姿をとどめ、ヒンプンの脇には古井戸も残されているそうです。それらを見学せずに集落をあとにしてしまい、非常にもったいないことをしました。


フクギから垣間見る久護家の屋根


フクギの濃い家

屋部集落の名は琉球国時代の歌集『おもろさうし』にも登場します。歌の中では、近くの安和(あわ)集落とともに「せにたまり」という酒の産地として触れられ、この地の酒が宴席を盛り上げたことを示唆する内容となっています。

<おもろさうし巻17の6>
一 なごさかい
  おやさかい きよもの
  おやぢやう あけて
  わん いれゝ
又 おきてにしや
  ものいにしや きよもの
又 まはねじの
  たれしけち きよもの
又 あわ やぶの
  せにたまり きよもの


久護家と同じ石造のヒンプン


この家のヒンプンも石造

<訳>
名護のさかい、親さかいが来たからには、掟さま、物言(ものい)さまが来たからには、真羽地の銘酒「たれしけち」が来たからには、安和、屋部の銘酒「せにたまり」が来たからには、御門を開けて私を入れよ。
※さかいは境(境界)または酒。掟さま、物言さまは村の役人。真羽地(羽地の美称)、安和、屋部は名護市の地名

フクギを植えたヒンプン

屋部集落の路地裏風景


【住所】沖縄県名護市屋部
【公開施設】屋部の久護家
【参考資料】
『角川日本地名大辞典(47)沖縄県』角川書店、1986年
『おもろさうし(下)』外間守善校注、岩波文庫、2000年

2014年7月5日撮影


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