新町・古町
しんまち・ふるまち
140年前の復興事業
「新町・古町」というのは、要は熊本旧市街です。熊本城の南にあり、江戸時代から商業の中心地として発展しました。 |
【1】熊本城下は1877(明治10)年の西南戦争でほぼ全焼したため、現存する町並みはそれ以降の再建です。 |
熊本市において古い町並みが比較的よく残されているのが、新町・古町界わいです。熊本城の外堀の一部をなす坪井川の内側(北)が新町、外側(南)が古町で、坪井川舟運に関わる商人や職人が暮らしました。 | 坪井川。左が古町 |
新町の町並み |
新町と古町は町割が異なります。新町は熊本城の入口にあたり、城に向かって延びる2〜3本の旧道沿いに町家が並ぶ、線状の町並みとなっています。路面電車の敷設による道路拡張や、近代的なビル建設などによって、町並みはやや断片化していますが、まだまだ古い建物が存在感を発揮しています。 |
新町で格好の被写体といえば、幕末に創業した薬鋪・吉田松花堂でしょう。開口部の少ない重厚な町家で、ロングセラーの丸薬「諸毒消丸」の名を掲げた屋根看板もいい味を出しています。 | 吉田松花堂の屋根看板 |
吉田松花堂の屋敷構え |
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長崎次郎書店の細部装飾 |
もう1軒、市電の新町停留所の前にある長崎次郎書店も、ぜひ見ておきたい建物。1924(大正13)年に完成した中国風の店舗建築です。緑色の瓦屋根、軒下の渦巻き紋、そして不均等に三分割された立面のデザインなど、見る者を飽きさせません。 |
長崎次郎書店 |
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いっぽうの古町は、一辺120メートルの正方形の街区を並べた面状の町並み。それぞれの街区の中央に寺院があることから「一町一寺の町割」と呼ばれ、有事の際は籠城戦に持ち込めるようになっていました。 | 古町の町並み |
側壁が特徴的な町家 |
古町も新町同様、町並みは断片的ですが、使われなくなった町家が数軒、飲食店などに再生されています。唐人町で目を引く左写真の町家も、現在はカフェとして使われています。 |
床几(しょうぎ)のある町家 |
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2015年5月10日撮影 |