上の町
うえんまち

町並み保存の道は険しく

島原城の東はかつての町人町。現在、森岳商店街となっている上の町には、しっくい塗りの古い商家が並んでいます。

【1】幕末に建てられた保里川(ほりかわ)家住宅。戸口の上には登録有形文化財のプレートが。ここは登録有形文化財の宝庫で、400メートルほどの区間に12件あります。
【2】プレートの横に注連飾りが見えます。ふつう正月に飾るものですが、島原半島はキリスト教徒の多い土地柄ゆえ、「うちはクリスチャンではありません」というメッセージとして、年中飾る習慣があるのだそうです。
※注連縄の由来には諸説があります
【3】上の町の町家は平入りで、奥行きのある下屋を出すのが特徴です。

島原のシンボルといえば島原城。戦後再建されたコンクリートづくりの復興天守ですが、郷土史料などを展示する資料館として公開されています。ここから城の西に広がる武家屋敷町(鉄砲町)をめぐり、郊外の島原温泉や土石流被災家屋まで足を延ばすのが、島原では定番の観光コースです。
島原駅前から島原城を見る。手前が上の町

路地裏から島原城を望む。右は宮崎商店の建築群
しかし島原駅から島原城へ向かう途中で、ぜひ森岳商店街(上の町)にも立ち寄っていただきたいと思います。幕末から大正にかけての商家が残り、鉄砲町とともに島原の過去を追体験できる町並みが残されているからです。
城の西にある鉄砲町がかつての武家町なら、東の上の町はかつての町人町。道沿いにしっくい塗りの商家が並び、鉄砲町とは趣の異なる町並みが続いています。
散策の起点となるのが、商店街のほぼ中央にある鵜殿家住宅旧主屋。建造は天保13(1842)年で、年代が明らかな建物としては上の町最古です。この建物は現在「森岳」の名でギャラリー兼イベントスペースとして使われており、内部を見学できます。
鵜殿家住宅旧主屋(森岳)

「森岳」から見た中野金物店
「森岳」の向かいに建つのが大正時代の町家の中野金物店。赤レンガの防火壁が目印です。中野金物店は総2階建ての町家が普及し始めたころの遺構。目の前に建つツシ2階建ての「森岳」に比べると建ちが高く、両者の建築年代の違いはひと目で分かります。
商店街の南の入口近くに建つのが、猪原金物店。主屋は北側が万延2(1861)年、南側が明治後期のものです。この建物は鏝絵(こてえ)が見事で、立体的な龍の造作が見られます。比較的最近、造作されたものでしょうが、細部まで細かくつくり込まれています。
猪原金物店。植木のため庇に穴を開ける

猪原金物店の鏝絵
 

 


大正期の洋館、青い理髪舘
上の町では1980年代初頭から古民家を生かした町づくりが進められ、ギャラリーとして活用したり、外観を修景するなどの取り組みが行われてきました。商店街の北の入口に建つ洋館の青い理髪舘(旧小林理髪舘)も、解体の危機を乗り越えて2000年にギャラリーとして再生されています。
こうした流れを促進しようと、2003年には10件が国の登録有形文化財になり、4年後には3件が追加されました。しかし、いわゆる「よそ者」が音頭を取ったことがネックになり、一連の活動は空中分解してしまいました。2003年に登録文化財となったギャラリー絃燈舎(げんとうしゃ)は、楽器店として再生されたそうですが、関係者の急な反対によって突如、使用不可になってしまったそうです。


明治期の清水家住宅


ギャラリー絃燈舎跡地。左は清水家住宅
しかもギャラリー絃燈舎はその後解体され、わたしが訪問したときは更地になっていました。寂れゆく町を盛り上げようと、一度は意気投合した取り組みがこんな経過をたどるなんて。せめて残された町家を生かした町おこしを継続してもらいたいと思いますが、何とも悲しい訪問となりました。

ところで島原といえば江戸時代初期の「島原・天草一揆」を連想される方もいらっしゃるでしょう。迫害されたキリスト教徒が周辺の農民らとともに武装蜂起したもので、日本史上最大の一揆ともいわれています。一揆の舞台になったことで、島原に多くのキリスト教徒が住んでいたことが日本人に永久に記憶されることになったわけですが、こうした歴史を思わせる風習がいまも島原・天草一帯に残っています。それが、各家の注連飾り。


軒先には1年中、注連飾りを飾る(雲仙市国見町神代乙)


公共施設(雲仙市歴史資料館 国見展示館)にも注連飾り(国見町神代丙)
島原半島や天草諸島では正月飾りの注連飾りを1年中飾っています。地元の人に聞けば、ここはクリスチャンの多い土地ゆえ、神道系の氏子や仏教徒が「キリスト教徒ではない」というメッセージを込めているのだとか。
しかし一揆の鎮圧によって、島原半島でのキリスト教の信仰はほとんど途絶えてしまいました。それでもなおこうした風習が伝わっていることに、歴史や民俗のおもしろさを感じずにはいられません。


【住所】長崎県島原市上の町(地図
【公開施設】まちの寄り処「森岳」
【参考資料】
パンフレット「島原城下町めぐり 歩いて周遊散策ガイドマップ」

2013年5月2日撮


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