久根田舎
くねいなか
対馬の小屋の軒下劇場
久根浜の母村、久根田舎には5棟の石屋根の小屋が残されています。その軒下ではタマネギや大根、さらには見慣れぬ練り物が干されていました。そのさまは、まさしく対馬島の軒下劇場。 |
【1】おなじみ、対馬島の石屋根小屋です(詳細は椎根の項を参照) |
対馬島南西部に特有の石屋根の集落のひとつが久根田舎です。わたしが訪問した時点で5棟が現存していました。同じく5棟が残る椎根集落とともに、対馬島で最も多くの石屋根を残す集落だと思われます。 | 久根田舎の石屋根小屋。2棟が並ぶ光景は、椎根でも見られない |
椎根の石屋根小屋は大きく立派ですが、いかんせん「観光地然」としているのが気になります。それに比べ久根田舎の小屋はどれも現役で、生活感にあふれています。軒下にタマネギや大根が吊るされているのを見ると、「ああ、ここの小屋はいまを生きているんだなぁ」と、感慨深くなります。 | |
大根を吊るしていた小屋 |
|
久根田舎を歩いていると、小屋の軒下で保存食の「せん」を干す光景に出くわしました。水田の乏しい対馬では、代々大麦を主食とし、やせた土地でも育つサツマイモが重宝されてきました。しかしサツマイモは傷みやすいのが難点。そこで考案されたのが、サツマイモからデンプン質と繊維を取り出した保存食の「せん」です。 「せん」はイモを砕き、水につけては乾かす作業をくり返してつくられます。名前の由来について「1000回も人の手をかけるから」といわれるほど、手間のかかる食料だそうです。 |
|
「せん」を使った代表的な郷土食「ろくべえ」 |
この「せん」を使った郷土料理の代表格が「ろくべえ」です。「せん」を粉に戻したのち、つなぎを用いずにこねて麺にしたものです。 |
ところで、久根田舎は石屋根の小屋ばかりでなく、主屋もなかなか立派です。玄関を式台風にこしらえた家は、給人(きゅうにん)の家でしょう。 給人は農家なのですが、士族身分の郷士で、兵農分離が明確ではなかった江戸時代の対馬を象徴する身分です。 |
|
納屋か、家畜小屋だろうか |
|