犬山
いぬやま

国宝天守と城下町

名鉄・犬山駅と犬山城の間に広がる犬山城下町は、多数の木造商家が現存する愛知県屈指の古い町並み。名古屋や岐阜からのアクセスも至便で、連日多くの観光客で賑わっているようです。

【1】国宝、犬山城の天守閣です。
【2】針綱神社に通じる本町通りは犬山城下のメインストリート。電線の地下埋設化も完了しました。
【3】道の両側にはバルコニーをめぐらせた2階建ての家が並んでいます。

全国に国宝指定の城は5つ。二の丸御殿が国宝の二条城と、天守閣が国宝の姫路城、松本城、彦根城、それに犬山城です。このうち犬山では、お城と城下町をワンカットで写真に収めることができます。商家の連なる旧道の突き当たりに小さな天守がそびえる町並みはたいへん絵になります。


本町通りの突き当たりに針綱神社と犬山城がある

魚新通りの鍵の手

犬山城は天文6(1537)年に織田信康が築城し、江戸時代始めごろに現在の姿になったと考えられています。この間、慶長11(1606)年に針綱神社が城の南1キロの名栗町に移転するなど、城下町の大枠が整備されました(神社は明治期に現在地へ再移転)。
城下では道のところどころにクランク状の鍵の手を設けるなど、防衛を優先した町づくりが見られます。

犬山は1891(明治24)年の濃尾地震で大きな被害を受けたと考えられますが、類焼した家屋は少なかったようで、ツシ2階建ての江戸時代の建物も残されています。これらの家々が、大正以降の2階建ての町家とともに、リズミカルなスカイラインを描いています。


江戸時代後期の伊藤家住宅。隣の家より屋根が低い

大正時代の高木家住宅。建ちが高く時代を感じさせる


江戸時代の旧磯部家住宅。むくり屋根が優美


電線が埋設される前の町並み

古い町並みを核とした町づくりも積極的に勧められ、本町通りでは2009年に電線の地下埋設化が完了。これにより古い商家が際立った町並みが出現しました。飲食店や土産物屋として利用される商家も多く、連日大勢の観光客で賑わっています。


本町通りの家並み


魚新通りと本町通りの交差点付近

犬山の町家の中でも大胆に転用されているのが国登録有形文化財の奥村家住宅。濃尾地震の被害を免れた幕末の建物ですが、なんとフレンチ創作料理の店に鞍替えしています。千本格子と駒寄せが正面を飾るフレンチの店なんて、とっても粋ですね。


奥村家住宅。天保13(1842)年の大火後の建設

駅前通りの大規模な長屋


真野家住宅。1894(明治27)年築


【住所】愛知県犬山市犬山東古券、犬山西古券
【公開施設】旧磯部家住宅
【参考資料】
『犬山市伝統的建造物群保存対策調査報告書』犬山市、1997年

2004年12月28日、14年2月11日撮影


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