中芦川
なかあしがわ

芦川集落物語
―日本にもあった宙吊りの家―

中芦川は旧芦川村の役場が置かれた場所。しかし中心集落とはいえ、川沿いの急傾斜地に展開しているため、石垣が高くそびえる独特の景観を見せます。そこには2階が大きくせり出した「宙吊りの家」もありました。

【1】2階が1階から半間ほど飛び出した建物。おそらくは蚕室で、かつてはこうした建物が関東の山間部に多く見られました。
【2】これが主屋です。芦川沿いに多いかぶと造りで建てられています。
【3】土地は石垣で土留めをしています。段々畑を行き来するハシゴも、当地の地形の険しさを物語っています。

宙吊りの家とはスペインの古都クエンカにある歴史的建造物の異名で、切り立った崖の上にせり出すように建つことからこう呼ばれます。いつか本物を見たいと思い続けていますが、山梨県の中芦川集落でこれにそっくり(?)の家を見ることができました。それが右の家です。どうでしょう、この宙吊りっぷり。え?「吊るされていない」って?
そこは本家も同じですが、そもそもはhanging houseを多分に意訳したのが「宙吊りの家」であって、正確には「崖に掛かった家、せり出した家」とすべきかもしれません。しかし、中芦川がいかに平地の少ない土地か、これほど雄弁に語るものもないと思います。

中芦川の「宙吊りの家」


1階は石垣の直上に建ち、その外に2階をせり出す

この建物、訪れたときは雨戸が入れられていましたが、2階は全面が開放になっています。これに似た建物は関東の山間部に多く、専用蚕室の一形式として普及しました。

中芦川ではもう一軒、2階がせり出した建物を見かけました。宿場町では平入りの家が2階をせり出す造作をよく見かけますが、中芦川では2軒とも妻側に出している点が珍しいと思います。
妻側がせり出すのが特徴的

集落全体にかぶと造りの家が点在する

ところで、中芦川で典型的なのはこれら切妻民家ではなく、かぶと造りの養蚕農家です。集落全体で44棟あり、同じ旧芦川村の鶯宿(おうしゅく、60棟)、上芦川(37棟)、新井原(15棟)とともに、全国有数のかぶと造り民家地帯を構成しています。

かぶと造りは養蚕を行った屋根裏の採光・換気を改善するために考案された形式で、山梨県の至るところで見ることができます(詳しくは弊サイト「鶯宿」の項をご参照ください)。傾斜地にかぶと造りが群立するさまは、圧巻の一言に尽きます。
集落中心部あたりの景観。左端のビルが旧村役場

芦川南岸の斜面に小社が祀られている(中央やや上)

また、白髭神社をはじめとする信仰の景観も印象的です。白髭神社の現在の社殿は大正時代の建築と、それほど古いものではありませんが、拝殿はかぶと造りを思わせる形態をしています。また、白髭神社から芦川を挟んだ対岸には小社があって、川岸から小社まで綱が張られています。


白髭神社社殿
中芦川はこれら古民家や社寺、それに土留めの石垣が渾然一体となった、濃密な集落景観をよく残しています。これからも特徴ある景観を守り伝えて欲しいと思いました。
芦川の南岸にある小祠

かぶと造りの家が並ぶ。中芦川には空き家は少ない


【住所】山梨県笛吹市芦川町中芦川
【公開施設】なし
【参考資料】
「笛吹市景観計画」(PDF
『芦川〜兜造民家と石垣の風景 笛吹市芦川町伝統的建造物群保存対策調査報告書』笛吹市教育委員会、2010年

2011年5月1日、16年2月28日撮


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