勝沼
かつぬま
宿場を浸す開花の香り
勝沼はブドウ産地として広く知られていますが、江戸時代には甲州街道の宿場町でもありました。かつての宿場の中心には、江戸・明治時代の町家とともに洋館や土蔵が残され、多彩な町並みを展開しています。 |
【1】平入りの木造建築は宿場町時代の名残り。 |
勝沼は甲府盆地の最東端にある町。元和4(1618)年に甲州街道の宿場として整備されて以降、甲府盆地の入口として発展しました。当地はもともとブドウの産地だったことから、これらを扱う商家も建てられていったようです。 | 手前の家は2階に手すりがある。奥の家は出梁造りか |
仲松屋の西屋敷。軒を太梁が支える |
古い町並みは断続的ですが、ところどころで歴史的な商家が見られました。その一軒の仲松屋は、江戸後期の東屋敷と明治前期の西屋敷からなる家。かつて質屋を営んだといい、屋敷に接続して会所や蔵、蔵座敷などが建設されています。 |
仲松屋。左が東屋敷、右が西屋敷 |
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仲松屋の向かいには、町並みでひときわ目を引く3階建ての蔵が建っています。案内板には、1887(明治20)年ごろの大火後に建てられたもので、勝沼町にて保存予定とありました。西側の外壁はしっくいが剥がれ落ちていますが、これは近年の火災によるものだそうで、一刻も早い修復が望まれます。 | 3階建ての蔵 |
旧田中銀行。1897(明治30)年ごろ |
この蔵の並びに建つのが洋館の旧田中銀行。実は山梨県は全国的に見て洋館の多い土地で、明治初期の県令、藤村紫朗(任1873〜87)によって建築が推奨されました。俗に藤村式建築ともいわれ、現在も県内に100棟以上が残っているといいます。この旧銀行もそのひとつで、宿場町に到来した新時代の息吹をいまに伝えています。 |
2011年5月1日撮影 |