黒島
くろしま

黒島流の間取りの話

北前船の寄港地として栄えた黒島には、明治以降の廻船問屋の家がたくさん残されています。一見すると、主屋と蔵が規則正しく並んでいるようですが……?

【1】正面に格子を入れた町家風の外観仕上げ。
【2】蔵のようですが、これは蔵ではありません。主屋の一部で、中はザシキになっています。黒島の家はミセノマの表に格子戸を入れ、その並びのナカノマ、ザシキは無骨な板張りとしました。
【3】蔵です。ザシキ同様に板張りですが、屋根の高さが違います。

黒島の家はかなり変わっています。正面に千本格子を入れ、いかにも「町家風」でありながら、間取りは「農家風」。
一般に町家は、間口が狭くて奥行きが長く、片側に細長い土間(トオリニワ)、反対側に部屋を一列に並べるのが基本パターンです。しかし黒島の間取りは農家に多い「田の字型」で、間口が広いことが特徴です。


黒瓦が印象的な黒島の町並み

外観も独特で、トオリニワやミセノマのある部分と、ザシキのある部分が、あたかも別棟のようになっています。左写真の角海(かどみ)家は主屋と蔵を並べているように見えますが、手前のツシ2階建てのところがミセノマ、奥の平屋建てのところがザシキで、全体でひとつの主屋です。

それにしても、なぜ棟の高さを変える必要があったのでしょうか。ザシキの正面を板張りにしたのは、「外から丸見えでは格好が悪い」からでしょう。でも、わざわざ棟の高さを変えているからには、それなりに理由があったはず。残念ながら角海家のガイド氏に聞いても、その理由は分かりませんでした。


この家も手前にザシキがあるのだろう

また、ザシキは表側にあって開口部がないため、「中は真っ暗ではないか?」と思われるかもしれません。実際はどうなっているのか、角海家を見学してみましょう。
左写真が角海家の室内。手前がナカノマ、奥がザシキで、右の壁が表側です。左側が明るいのは、ここに中庭があるからです。

黒島の大型民家は「田の字型」をひと回り大きくした「9室間取り」で、ザシキの内側を中庭としています。中庭は採光用であるとともに、部屋の格を高める役割も担いました。
しかし、「間取りを変えるくらいなら、最初からザシキを裏手に設ければいいじゃないか」と思ってしまいますが、とにかく黒島に残る廻船問屋はすべてこの間取りです。


角海家住宅。右の出窓が望楼の間。奥に日本海が見える

この角海家で間取りのほかに「おもしろいな」と思ったのが、「望楼の間」。日本海を見わたせる眺望のよさが自慢ですが、これは鑑賞のためではありません。常に人が寝起きし、沖をゆく北前船を見守る部屋でした。廻船業が廃れたのち2000年代に入るまで、角海家では望楼の間があるじの生活空間だったそうです。

ところで黒島の町並みは2007年の能登半島地震で大きな被害を受けました。全半壊した建物は全体の3分の1におよびましたが、これを機に「黒島地区まちづくり協議会」が発足し、2年後には国の重要伝統的建造物群保存地区の選定を受けました。


角海家の「蔵並み」は黒島の町並みのハイライト


2階の窓枠に傾斜を付けた家が散見された


砂浜には舟屋や納屋が並ぶ


【住所】石川県輪島市門前町黒島町
【公開施設】角海家
【参考資料】
『能登・黒島の町並み』輪島市教育委員会、2008年

2015年6月13日撮


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