丸の内
まるのうち
いまは昔の美観騒動
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かつて丸の内ではビルの高さが100尺(約31メートル)に規制されていました。戦後、規制が解かれてから認可された高層建築には「景観破壊」の声が浴びせられましたが、そんな話もいまは昔。丸の内は歴史建築を継承しながら、都市の高層化を実現しました。 |
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【1】丸の内のオフィスビルは高さ30メートル付近を境に、低層部と高層部に分かれます。低層部は戦前に建てられたビルがベース。「2」のように古いビルを保存したものと、「3」のように全館新築したものとがあります。 |
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明治維新後、陸軍の練兵場となっていた丸の内。その風景は1890(明治23)年、三菱に払い下げられたことで大きく変わりました。 |
![]() 皇居の濠に沿ってビルが連なる |
![]() 旧ビルの面影を残して再建された丸の内ビルディング |
長らく丸の内では戦前のビルがそのまま使われていましたが、1990年代以降は再開発により急減しました。とりわけ、1999年に大正建築の丸の内ビルヂングが解体され、地上37階建てに生まれ変わったことは象徴的なできごとでした。 |
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丸の内でよく見られるのが、外装を保存し、内側に高層ビルを建てる「ファサード保存」という手法。わたしは「建築は外見2割、中8割」と思っているため、こうした再建は好きになれませんが、日本の首都とあってはそうも言っていられません。「外観が保存されるだけでもマシ」と思わなくてはバチが当たりますね。 |
![]() JPタワー。1929(昭和4)年の外壁を保存 |
![]() 三菱UFJ信託銀行本店ビル。低層部は1920(大正9)年の外壁 |
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明治・大正時代の「一丁ロンドン」の雰囲気を伝える赤レンガ建築は、丸の内に3棟あります。
いちばん古いのが1914(大正3)年に竣工した東京駅。3階建てで全長330メートルもある日本史上最大のレンガ建築です。太平洋戦争中に3階部分が焼失して以来、応急工事されたままでしたが、2012年にようやく復原されました。 |
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次いで古いのが1916(大正5)年の東京銀行協会ビル。1994年、外壁のみを残して内側に高層ビルが増築されました。丸の内におけるファサード保存の先駆けといわれています。しかしファサード「保存」といえば聞こえがいいですが、ハリボテのように見えなくもないですね。 |
| そして最も新しいのが2009年に竣工した三菱一号館。実はこの建物、1968(昭和43)年に明治時代のレンガ建築を解体していながら、41年の時をへて再建されたという、国内でもほとんど例のない再建事例です。時代とともに価値観が変わるからなのか、それとも日本企業がスクラップ・アンド・ビルド好きだからなのでしょうか。 |
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丸の内にあって外観も内部も保存された数少ないビルのひとつが、1934(昭和9)年築の明治生命館です。一般公開されているのですが、中に足を踏み入れるとまるで別世界! 1・2階の吹き抜けとした開放的な店頭営業室をはじめ、豪華な執務室や応接室、食堂、会議室などが続いています。 |
![]() 明治生命館の食堂 |
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今日の丸の内は高さ150〜200メートルもある高層建築だらけです。40年前、高さ99メートルの東京海上日動ビルディングが建設された折、「皇居前の景観を破壊する」と“美観騒動”が勃発しましたが、それもはるか昔のこととなりました。 |
![]() 1932(昭和7)年のファサードのみ保存された大手町野村ビル |
![]() 高さ100尺(31メートル)を保つ町角 |
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2014年8月24日、27日、11月9日撮影 |