川原井
かわはらい

屋敷目指してジョウボは昇る

袖ケ浦市内陸部の河岸地帯では、1メートル以上の盛土の上に屋敷を構えた家が見られます。寄棟造りの古い農家や長屋門、土蔵など、歴史的建造物も思いのほか残されていました。

【1】屋敷は1メートル以上の盛土の上に築かれます。おそらく水害にそなえたものでしょう。
【2】その屋敷に向け、表通りから土手道が延びます。「ジョウボ」と呼ばれるアプローチの道で、袖ケ浦市の内陸部に特徴的な屋敷構成です。
【3】長屋門をもつ家もたくさんあります。中は納屋になっています。

わたしが古民家探訪の基礎資料としている『写真でみる民家大事典』(2005年)に、千葉県袖ケ浦市が取り上げられています。千葉県の古い町並みといえば佐原、佐倉、成田などが代表的だと思っていたので意外に感じ調べてみると、袖ケ浦市の川沿いの低地には特徴的な農家建築が見られることが分かりました。


川原井は袖ケ浦市の中でも古民家の多いエリア


土手道のジョウボをもつM家住宅

それが、「ジョウボ」と呼ばれるアプローチの道をもつ家です。袖ケ浦市では表通りから20〜50メートルほど後ろに家を建てることが多く、表通りと屋敷を結ぶ私道を「ジョウボ」と呼びました。
また河岸地帯では、おそらく洪水を避けるためなのでしょう、盛土をした上に屋敷を構えるケースが多く、そうした家のジョウボは土手道となっています。

袖ケ浦市でとくに古民家が多い川原井地区には、ジョウボをもつ代表的な家であるM家住宅があります。江戸時代後期の建物で、ジョウボの長さはおよそ20メートル。主屋は近年まで茅屋根だったようですが、訪問時にはトタンで覆われていました。


長いジョウボの先に長屋門が構える家


M家住宅。横から見ると土手状のジョウボがよく分かる

 


山すその茅葺き民家群

川原井にはM家住宅のほかにも江戸時代にさかのぼる家が多く、茅葺きの家や長屋門が点在しています。各家は隣家との間隔を数十メートルあけているので、散村に近い印象を受けます。

左の家は18世紀末と推測されるT家住宅。袖ケ浦市の調査報告で年代が記載されている民家のうち、最も古いものです。


T家住宅。18世紀中ごろ


光明時庫裏。建造年不明

茅葺きの家はほとんどがトタンで覆われていますが、光明寺の庫裏だけは昔のままに草屋根をあらわにしていました。


大きな長屋門のあるI家住宅。1889(明治22)年ごろ


I家住宅。19世紀中ごろ


【住所】千葉県袖ケ浦市川原井
【公開施設】なし
【参考資料】
『袖ケ浦市史基礎資料調査報告書(5)袖ケ浦の建造物[民家]』袖ケ浦市教育委員会、1995年

2014年4月10日撮


戻る