杉山
すぎやま

喜多方のとっておき

喜多方中心街から北東へおよそ7キロ。田付川に沿って進んだ最奥の集落が杉山です。ここにも中心街に負けないくらい立派な蔵が建てられました。杉山の特徴は屋根。土屋根の上に茅葺き屋根を乗せた「二重屋根」のものが多く、中心街では見られない独特の風情を漂わせています。

【1】杉山は集落の入口にわずかな田んぼがあるほかは、三方を山に囲まれています。こうした立地を生かし、林業やスゲの栽培が行われました。
【2】細い一本道の両側に蔵が並びます。蔵は、スゲの貯蔵のほか、農作業小屋として使われました。
【3】土で塗りごめた屋根の上に茅葺き(現在はトタンで覆われている)屋根を載せた、「二重屋根」の蔵が見られます。現地の案内板には「深い雪の重みに耐えているかのようです」とありましたが、なぜこうしたかたちになったのか、理由は書かれていませんでした。

一口に「蔵の町、喜多方」といっても、その表情は地区によってさまざま。市街地では通りに面して2階建ての店蔵が並び、郊外では田園風景の中に素朴な蔵が点在しています。
杉山は後者、田園風景に映える蔵並みを残す集落です。


手前の蔵は江戸時代の建造


中門造りの主屋

杉山では、ゆるやかなS字カーブをくり返す幅5メートルほどの細道の両側に蔵が並んでいます。見たところ蔵座敷を思わせる建物もありましたが、当地の蔵は、なりわい上必要な存在として建てられたのが始まりだそうです。
江戸時代の杉山では農業が営まれてきましたが、明治時代になると山地に囲まれた地勢を生かし、杉の植林とスゲの栽培に移行しました。このスゲ田経営における作業小屋として、また、収穫したスゲの収納庫として、競い合うように蔵が建てられたということです。

それにしても喜多方の最奥に、まさしく「喜多方市のとっておき」といった感じでたたずむ蔵並みには度肝を抜かれます。これほど立派な蔵が建てられたのも、林業やスゲ田経営が成功し、潤沢な現金収入がもたらされたからなのでしょう。
そうした時代の流れに乗って、喜多方中心部に建てられた座敷蔵にならい、杉山でも蔵の中に畳を敷く習慣が定着したのだと思います。


明治時代の蔵。風格からして座敷蔵だろう


これも座敷蔵だろうか。屋根は二重になっている

杉山の蔵の外見の特徴が二重屋根。土で塗りごめて屋根をこしらえた上に、さらに茅屋根をかぶせています。
二重屋根は大正時代になるとつくられなくなり、より耐火性能を高めた一重の瓦屋根が普及しました。それでも杉山では、一重屋根よりも二重屋根の蔵がたくさん残っています。


集落の最も奥にある二重屋根の巨大な蔵


幅5メートルほどの曲がりくねる小道が杉山のメインストリート


【住所】
福島県喜多方市喜多方市岩月町杉山
【公開施設】なし
【参考資料】
『喜多方の町並 伝統的建造物群保存調査報告書2(杉山と三津谷)』喜多方市教育委員会、1982年

2013年6月3日撮影


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