水引
みずひき

目に映るのは茅屋根ばかり

南会津町の最南端、尾瀬国立公園の田代山登山口へ続く道で最後の集落が水引です。戸数わずか27戸の小集落で、そのうち7戸がいまも茅葺きです。ここではNPO法人が茅屋根の維持活動を続けていて、定期的に屋根を補修しています。

【1】茅葺きの家が、道路を挟んで東に5軒、西に2軒並んでいます。文化財指定の集落を除き、7軒もの茅葺き民家が一群になっている光景はたいへん貴重です。
【2】家の平面はL字型。福島県や新潟県に特有の中門造りです。
【3】L字の突出部の先端に玄関があります。これに対して岩手県の曲がり家は、L字の折れたところに入口があります。

茅葺きの家はここ50年間で、全国各地で急速に姿を消していきました。いまや文化財に指定されているものを除いて、「茅葺きの里」といえる風景を残す場所は数えるほどしかありません。水引は、もしかしたら、その最後の場所かもしれません。


畑の中に散策路がある。茅葺きの家だけが見える絶好のロケーション


2階正面に梁組を見せ、その上に木連格子をはめる

水引では旧道の両側に7棟の茅葺き民家が建ち、そのうち6棟がL字平面の中門造りです。
福島県の中門造り集落には、ほかに前沢があります。水引と前沢は、平成の大合併前には舘岩(たていわ)村に所在し、村では10年以上も前から茅葺き集落の保存を計画していました。しかしひとつの自治体で保存地区を2カ所設けると財政を圧迫するため、規模の大きな前沢のみを国の重要伝統的建造物群保存地区に選定し、保存することとしました。

こうした経緯を受け、水引では2009年よりNPO法人山村集落再生塾が集落保存を行っています。同NPOでは毎年、数棟ずつ「差し茅」による補修を行っているほか、秋には茅の刈り取りイベントを主催し、集落と都市住民の交流によって集落活性化に取り組んでいます。
幸いにして水引にはいまも2カ所の茅場が残されています。古民家群はもとより、周辺の田畑や茅場、山林と一体化した風景を残しているという点で、水引はたいへん貴重な存在なのです。


「上の茅場」での茅刈り風景

刈り取った茅はその場で乾燥させる


乾燥した茅は家の壁に立て掛けて雪囲いとする


茅屋根の葺き替えが行われているT家住宅

差し茅は傷んだ茅を取り除き、新しい茅を差し込む方法で、少しずつ茅を取り替えるためこまめな補修が欠かせません。そのいっぽう、総葺き替えに比べ工費と工期を抑えることができます。
左写真は集落内で行われていた差し茅の様子です。

 

こうして保存・維持されている茅葺き民家にはおもしろいものがあります。「ヒブセ」と呼ばれる性器像です。
福島県の一部地域(中通りの北部〜中部、奥会津地方)では、上棟式の日に棟木から男性器と女性器をかたどった木彫りを吊るす習慣があります。防火のお守りなのですが、かまどの近くではなく棟木から吊るすのがおもしろいですね。


水引の古民家民宿・
離騒館のヒブセ

 


雨の日、霧が低く垂れ込めてきた

ところで水引は、公共交通といえば乗り合いタクシーしかなく、最寄のバス停からは徒歩1時間もかかります。しかもバスの運行本数は1日4本。高齢化も進み、2014年現在、子どもは中学生ただ一人と聞きました。

そんな集落で命綱といえるのが移動販売車で、食品や金物など、複数の業者が定期的に巡回しています。右写真は毎週日曜日に訪れる食品の販売車。運営しているのは同じ南会津町にある個人商店ですが、この商店じたい高齢化が進んでいて、オーナーの方も「あと3年くらいかなぁ」とつぶやいていました。


集落を巡回する移動販売車

薪ストーブの煙突から煙が立ち昇る

雪解けが進む4月。福寿草は満開だった

もしもこの販売車が来なくなったら、集落での暮らしはどうなるのでしょうか。別の業者が入ってくるのか、それとも衰退への道が加速してしまうのか……。
これは水引に限らず、全国の過疎・高齢化集落でいえることでしょう。こうした集落が全国に何千もあると思うだけで憂えてきます。


村外れの農業用水


【住所】福島県南会津郡南会津町水引

【公開施設】なし
【参考資料】
『民家と日本人 家の神・風呂・便所・カマドの文化』津山正幹著、慶友社、2008年

2012年8月19日、10月26日、13年6月8日、10月20日、14年4月13日、11月2日撮影


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