仙北平野
せんぼくへいや

水上の板倉

秋田県随一の散村が広がる仙北平野では、水板倉という変わった倉が見られます。その名の通り水上に立つ倉で、同様の建築物は国内でほかに例を見ません。

【1】水板倉は水上にあるため年間を通じて温度が一定で、穀物の保管に適しています。水は湧水を溜めたもので、ここで適温に温めてから田に流したほか、防火用にも使われました。
【2】仙北平野は秋田県では随一の散村です。おのおのの家は孤立し、風除けのための屋敷林を茂らせています。
【3】秋田県の伝統的な民家が、不規則な平面をもった中門造り。このお宅は上から見ると〈┌┘〉のかたちをしています。

秋田県南部に広がる横手盆地は県内有数の稲作地帯。仙北平野はその北東部にあり、奥羽山脈から西流する川沿いの扇状地となっています。奥羽山脈の裾野には、日本最大の扇状地と呼ばれる胆沢(いさわ)扇状地(岩手県)、白川扇状地(山形県)など広大な散村が見られますが、仙北平野でも山裾の平地に散村が展開しています。
※仙北の読みは「せんぼく」「せんぽく」「せんほく」の三通りあります


大台スキー場から見た散村景観

散村景観(大仙市太田町斉内字川原)

散村とは各家が100メートルないしそれ以上の間隔をあけた地域をいいますが、仙北平野は隣家との距離が300〜500メートルほどのところもあり、日本の散村の中で際立ってまばらな景観が見られます。それぞれの家は、主に日本海からの季節風をよけるためでしょう、屋敷林を密に茂らせています。


トタン被覆の茅葺きの家(大仙市橋本字富慶)


トタン被覆の茅葺きの家(美郷町金沢東根字下村)

最も有名な大仙市指定文化財の水板倉

仙北平野の散村では伝統的な主屋がほとんど見られない点が残念ですが、付属屋では水板倉が異彩を放っています。水板倉に関しては筑波大学の安藤邦廣教授の研究に詳しく、わたしも教授の論文で知りました。それによれば大仙市と美郷町で計8棟を確認したとありますが、わたしが訪問した限りでは、この研究報告にない集落でも見られたので、それ以上の数が現存しているように思われました。

水板倉の特徴は、何といっても水上に立っていること。このため内部の環境は一定に保たれ、温度管理が求められる米や味噌の収納に適していました。水は湧水を引いたものが多く、田に入れる前にここで適温に温める効果もあったといいます。これほど機能的な水板倉ですが、同様の倉は仙北平野以外では見られません。


左上写真の板倉。水中に入れた横材の上に杭を立てる


出入り用の板橋が架けられている(美郷町浪花字丸森下)


右奥から水路で水を引いている(美郷町浪花字羽場)

地上に建つ高床式の倉(美郷町千屋字善知鳥)

仙北平野では地上に建てられた倉も、水板倉と同じように高床式としているものがありました。水板倉を移築したものなのか、こうした形式が当地方の伝統構法なのか分かりませんが、興味深く見学させていただきました。


左端が水板倉(美郷町浪花字羽場)


水板倉と屋敷林(美郷町千屋字善知鳥)


【住所】秋田県大仙市と仙北郡美郷町の境界付近(俯瞰地点の地図
【公開施設】なし
【参考資料】
「秋田県仙北地方におけるミズイタクラの構法と利用法」濱定史・安藤邦廣・小林久高・樋口貴彦著、『日本建築学会技術報告集』第13巻第26号(2007年12月)所収(PDF

2015年11月7日撮


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