大迫
おおはさま

幕を引いた旅籠町

大迫は盛岡と遠野のほぼ中間地点にあり、藩政期には遠野街道の宿駅として賑わいました。いまも旅籠建築が散見されますが、2階に入れられた千本格子が何よりも目をひきました。

【1】旧桜井旅館。大迫でひときわ目立つ大建築です。
【2】2階には千本格子が入れられていますが、古写真には写っていません。旅籠を廃業後、居住空間に改装した部屋のプライバシーを守るために入れたのだろうと思いますが、果たして……。
【3】この家も2階が開放的なので、かつては旅籠だったのでしょう。

大迫には戦国時代より九日町という名の駅場がありました。その場所は稗貫(ひえぬき)川の北岸、現在は老人ホームや保育所のあるあたりだったと考えられています。駅場は元和3(1617)年、藩主・南部利直の命により、南へ200メートルほどの場所へ移転しました。以後、その場所が大迫の中心地として発展しました。


大迫の町並み。手前は旧桜井旅館

旅籠と思われる建物が並ぶ。奥は村喜本店

大迫は盛岡城下と三陸の大槌(おおつち)とを結ぶ遠野街道沿いにあり、盛岡と遠野のほぼ中間地点にあったことから、沿道でもとくに重要な駅場だったようです。町並みはかなり断片的になっていますが、藩政期や明治時代にさかのぼると思しき旅籠建築が点在していました。

大迫の旅籠建築の特徴は、2階に入れられた格子です。はめ殺しのようですが、ふつう旅籠は2階を客室とし、開口部を広くとりますから、かなり異質な意匠といえます。
しかし大迫には格子を入れていない旅籠建築も残されていました。わたしの勝手な推論ですが、これらの格子は旅籠を廃業したあと、2階を居室とするため、目隠しとして入れたものではないでしょうか。


左の家で揚戸(あげど)の開閉を見せてもらった

一部を洋風にした外観がおもしろい

格子のない手前側の2階には手すりを入れている

旧街道を歩くと、旅籠ではない建物の2階にも格子が入れられていました。いつしか格子は大迫の町家のシンボルとなっていったようですね。


観光案内所を兼ねる村喜本店


旧桜井旅館。千本格子の内側に建具が見える


現代の店舗建築にも格子の意匠があった


背後から見た町家


【住所】岩手県花巻市大迫町大迫第3地割(地図
【公開施設】村喜本店(観光案内所)
【参考資料】
『角川日本地名大辞典(3)岩手県』角川書店、1985年

2013年7月13日撮


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