鍋倉
なべくら

青黒い森は散って

鍋倉は花巻市西部の山裾に広がる散村地帯。近年は花巻市の風景として紹介されることも増えてきました。樹木を密に植えた、濃厚な屋敷林が独特です。

【1】このあたりが花巻中心部です。
【2】鍋倉は水利に恵まれた水田地帯。江戸時代初期に開拓され、水田に隣接して屋敷を構えました。
【3】同じ岩手県の胆沢(いさわ)扇状地は屋敷林の植栽がまばらで、敷地内の家がよく見えるのですが、鍋倉ではどの家も森と見まごうほど植栽を濃くしています。それほど風が強い土地なのでしょうか。

奥羽山脈の山麓にはすぐれた散村景観が多く見られます。東側では岩手県の胆沢扇状地、西側では秋田県の仙北(せんぼく)平野が、ともにスケールの大きな風景で知られていますが、ここ鍋倉の風景も捨てがたいものと思います。


鍋倉の散村景観

屋敷の西側に植栽を設ける

鍋倉を含むこの一帯では、天和3(1683)年に盛岡藩によって水田が開かれました。開拓に先立ち、豊沢川から水を引く鍋倉新田用水が開削され、この用水は現在でも農業用水や防火用水として使われています。
この地が集村ではなく散村になった理由は分かりません。そもそも散村の起こりについては不明なことが多く、日本最大の散村とされる砺波(となみ)平野(富山県)も、景観形成については定説がないのです。

鍋倉から豊沢川をさかのぼった山中には、なめとこ山という小山があります。宮沢賢治の「なめとこ山の熊」の舞台となった山で、作品の冒頭でこう描写されています。
〈なめとこ山の熊のことならおもしろい。なめとこ山は大きな山だ。淵沢川はなめとこ山から出て来る。なめとこ山は一年のうち大ていの日はつめたい霧か雲かを吸ったり吐いたりしている。まわりもみんな青黒いなまこや海坊主のような山だ。……〉


木々が濃いので家が見えない

散村の俯瞰地点

青黒い山並みを抜けたところに広がるのが、賢治がハームキヤと呼んだ花巻の平地。鍋倉の散村景観は、その平地と山並みの接点にあります。俯瞰場所は集落の西の山麓にある円万寺観音堂。屋敷林は非常に密度が濃く、「賢治のいう青黒い山のかけらが、ちりばめられているようだなぁ」と思いながら眺めを楽しみました。


なめとこ山に連なる「青黒い山」を背景に


【住所】岩手県花巻市鍋倉、湯口ほか(俯瞰地点の地図
【公開施設】なし
【参考資料】
『注文の多い料理店』宮沢賢治著、新潮文庫、1990年
『日本の文化的景観』文化庁文化財部記念物課監修、同成社、2005年

2015年8月3日撮


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