増毛
ましけ

ニシンが生んだ町家群

商家が連続する「古い町並み」として日本で最も北にあるのが増毛でしょう。最北の造り酒屋もこの地にあります。

【1】2階建ての旅館や商家が並ぶ駅前通り。この家は「最北の造り酒屋」といわれる国稀酒造です。
【2】一見、和風の商家建築ですが、マンサード屋根(腰折れ屋根)になっています。北海道ならではの造作ですね。
【3】駅前通りには石造建築も多く見られます。

かつて北海道の漁業を支えたのが、春先に訪れたニシンの群れです。ニシン曇りと呼ばれる曇天に大群で押し寄せ、それを追ってカモメの大群も飛来しました。増毛の地名はアイヌ語で「カモメの多い地」を意味する「マシュキニ」に由来するといい、その名のとおり300年にわたってニシン漁で発展を続けました。


石蔵と天窓をもつ民家

明治時代に創業した国稀酒造
増毛は長らく留萌地方の政治・経済の中心として栄えました。幕末には対ロシアの警護拠点となり、明治以降は増毛支庁が置かれました。1921(大正10)年には留萌本線が増毛まで延伸され、水産物を中心とする物資の輸送拠点としても大いに発展したのです。
駅前通りには往時の繁栄をしのばせる数々の歴史建築が残っています。その筆頭が重要文化財の旧本間家住宅。屋号をつけて「丸一本間家」とも呼ばれます。建造は1891(明治24)年。はじめ呉服商を営み、その後はニシン漁の網元になりました。木骨石造の主屋を中心に、石蔵や土蔵が残っています。
石造の店舗と土蔵を並べた旧本間家住宅

旧本間家の敷地は石壁で囲まれている

2階建ての旅館などが並ぶ駅前通り
増毛駅前には3階建ての旅館建築、富田屋があります。建造は1933(昭和8)年。いまは営業していませんが、駅前旅館としての風情は全国屈指だと思います。その隣にある下見板張りの風待食堂もいい味を出していました。
戦前の3階建て旅館建築、富田屋

1936(昭和11)年築の増毛小学校。道内唯一、現役の戦前木造校舎


精緻な彫刻をもつ増毛厳島神社


【住所】北海道増毛郡増毛町見晴町、弁天町、永寿町、南永寿町
【公開施設】旧本間家住宅(※冬期休館)

2014年1月6日撮


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